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佐々木敦也の経済千思万考

第5号  佐々木敦也の経済千思万考

【家計貯蓄初マイナスの衝撃:空前の超低金利の本質を問う】2015.1.5

「内閣府が昨年12月25日に発表した2013年度の国民経済計算確報で、所得のうちどれだけ貯金に回したかを示す家計貯蓄率がマイナス1.3%となった。国民全体で見ると、高齢者を中心に貯蓄を取り崩して所得を上回る消費をしたことになる。増税前の駆け込み消費も響いた。貯蓄率がマイナスになるのは、ほぼ同じ条件で統計を比べられる1955年度以降初めてだ。」(2014.12.26 日本経済新聞 朝刊1面)

日本人はかつて「消費よりも貯蓄好き」と言われ、家計貯蓄率は1980年代に18%まで上昇した。その後は徐々に低下して12年度は1.0%だったが、今回13年度でついにマイナスになり、現在の統計手法でさかのぼれる80年度以降で初めてのこととなった。ちなみに経済協力開発機構(OECD)の推計によると、13年(暦年)に家計貯蓄率がマイナスになるのは他の先進国ではデンマークだけである。

一方、同じ25日、日本の長期金利が史上最低の0.310%まで低下した。日本経済新聞は「大規模金融緩和を進める日銀が大量に国債購入しているほか、原油市況の悪化で投機マネーが国債市場に流入していることが要因だ。住宅ローンや企業の貸し出しも下がっているが、融資は伸びておらず、金融機関の利ザヤ低下や金利が急反転するリスクなど市場の歪みを懸念する声も多い。」と解説しているが表面的だ。果たして黒田日銀の目指す2%のインフレ期待は市場のどこにあるのだろうか。

因みに、主要国の長期金利もそろって過去最低水準まで低下するという異例事態となっている。ドイツでは、0.6%、量的緩和が終了したアメリカでは、利上げ観測があるにもかかわらず、上昇せず2.2%レベルで低位安定している。世界の経済史上、長期金利は17世紀のイタリア・ジェノバで記録した1.125%が最低水準といわれてきたが、主要国の長期金利は揃って歴史的低水準に留まっている状況なのである。

実は今日の超低金利によるリスクや根底にある原因については、10年前から議論し続けられている。前米国連邦準備制度理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長は2005年に「世界的な貯蓄過剰」こそ、が問題の根源であるという説を唱えた。彼の説では世界的な貯蓄への需要を減らすか、もしくは資本への供給を増やすかなど、いくつかの点を強調。また、1990年代後半のアジア通貨危機がアジア地域で貪欲な投資需要を後押ししたと同時に、アジアの各政府が次の危機へのヘッジとして流動資産を貯め込むようになったこと、さらに、高齢化が進むドイツや日本では退職後の備えとして、そして先行き不安を抱える産油国などで貯蓄が増えていることも指摘した。ただし、この説では、@なぜ世界的な貯蓄過剰が起こったのか、Aこれがどの程度続くのか、さらにBこれが望ましいことなのか、という点については明らかにされておらず反論も根強い。たとえば、中国を筆頭にアジア諸国への投資は盛り上がりを見せた時期においても、金利は世界的にさらに低い水準になっている点などを説明出来ないのだ(最近のアメリカの状況も然りである)。

別の有力説では「新興国経済の資産市場は脆弱性が高いため、投資家は「避難場所」として先進国の国債を求める傾向がある」とするもの、「利潤を生み出す産業資本が存在しないから資本の需要不足となり、膨大な資本の供給に対し需要が不足していれば、当然金利は低下する」とするもの、などがあるが、状況を満足に説明できている説は今のところない、といえる。


この「世界的な超低金利現象」についてはまた別の機会に譲るとして、焦点を貯蓄率がマイナスになった我が国に戻そう。ここから生じる懸念は、「個人の貯蓄が減り始めれば、どこかの段階で家計の余剰マネーが枯渇し、9割以上の国内の投資家で賄っている現在の国債は海外の資金を引っ張ってこないと消化が円滑に進まなくなる、巨額の公的債務を抱える日本の国債を、今のような超低金利で海外投資家は買ってくれるのか、そして今のような財政運営はもはや持続できないのではないか」ということにある。

他方、以前から指摘されている「人口減・少子高齢化」と「過少需要・過剰供給」の組み合わせの流れに抗して日本経済がいかに変われるか、というのが、アベノミクスに付き突かれている大きな課題だ。それは、需要面では人口動態で見れば明らかで、長期的に見ると、日本の総人口は2060年にかけて9,000万人を割り込み、生産年齢人口に至っては5,000万人を割り込む。人口がどんどん減っていくということは、それだけで経済の活力を奪う。日本が、このデフレから脱却するためには、金融政策プラス需要を呼び込む成長戦略(生産性向上)の成果をいかに上げるかが必須条件なのである。


従来、長期金利への上昇圧力はじわじわと強まってくるとの見方が強かった。しかし、それは貯蓄率がプラスであり、国内で賄えているという前提があったからである。今回のマイナスの衝撃とは、財政運営の改善も時間がなくなってきたことに他ならない。アベノミクスによる需要創出政策が期待されるわけだが、反面グローバル化の影響で世界の賃金が限りなく同じ水準に収斂するという事態の覚悟もいる。そして、有効な需要策が打ち出せない場合、行き場を失った資本は今後どうなるのか、という点が懸念される。成長が期待される新たな生産資本がない以上、向かう先は新興経済圏と次のバブル期待でしかない。それはまたいつかきた道への再燃として大いなる危険が待ち受けているのである。
以上

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